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教育は「気付く・感じる」こと
教育にかかわるすべての人々が子どもたちの健全な育成を願い、日々努力をしているにもかかわらず、いじめ、不登校、非行などが残念ながら後を絶たない状況にあります。
この原因の解明は極めて困難なことでありますが、概して言えば、「楽して、高収入」を教育の最終目標にしたことにあろうと考えられます。
「楽して、高収入」という目標を達成するには、一流大学を出て、一流会社に就職することが最善の道だと大人たちの多くは考えました。それゆえ、大学に入るための競争が幼いころから強いられ、知識量をいかに増やすかに親たちは血まなこになりました。
教育本来の目的を見失い、「教育は覚えること」と錯覚してしまった大人たちは、「覚えよ。覚えよ。覚えることが幸せの最短距離だ。」と子どもをしった激励しました。子どもたちの「覚えることよりも、気付いたり、感じたりすることが楽しいのに。」という願いを無視し続けたのであります。
競争に敗れた子どもたちは、敗北感や屈辱感を社会不適応という形で表現したり、あるいは、無関心、無感動、無責任などの形で表現したのであります。
現在の経済や環境などの悪化を見れば、今に生きる子どもたちは、将来「苦労して、低収入」という社会で生きることを余儀なくされることは明白であります。
「苦労して、低収入」という社会の中でも豊かに生きられる人間を育てることが、これからの教育の最大課題になってくることは間違いありません。
とすれば、今、子どもたちに身に付けさせておかねばならないことは、幼い頃に五感を鍛え、長ずるに従って、その五感をフルに使って感性を磨き、生きることに楽しみを感じ、諸課題に果敢に挑戦し、地球人として生きる能力であります。
つまり、「気付く・感ずる」ことを教育の主たる目標にすることであります。なぜなら、覚えただけでは行為・行動とはならないからです。気付き・感じてこそ行為・行動となり、行為・行動がさらなる気付きや感ずることを進化させます。
以上のような考えを軸としながら、少しでも子育ての手伝いができればと願い、「子育てのためのヒント集」を今後シリーズで掲載することにしました。
拙筆で意を的確に表現できないことの多さを悔いますが、賢明な読者諸氏には、不備な点を埋めながら読んでもらい、何かしら、気付き・感じてほしと思います。
また、学校、地域などでの子育てについての研修会(勉強会)の際に、話し合いの素材として活用してもらえれば幸いです。
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登米市教育委員会 教育長 佐藤 壽昭 |