ホーム > 笑顔きらきら登米 > 登米の文化と歴史 > 登米の伝統行事

ここから本文です。

伝統を受け継ぎ次の
世代へ伝える登米魂

米川の水かぶり

地域の習わしを伝える歴史ある火伏行事
東和町米川五日町地区に古くから伝わる火伏行事の「水かぶり」。
毎年2月の初午に行われ、国の重要無形民俗文化財に指定されています。地区の男たちがわらで作った装束を身に付け、顔にかまどのすすを塗り、神様の使いの化身として、家々の屋根に桶の水を掛けながら町中を走り抜け、火伏を祈願します。

また、男たちが身に付けているわらを抜き取り、屋根に上げておくと、火伏のお守りになると言われています。

来訪神行事として、秋田県男鹿市の「なまはげ」などとともに、2018年11月29日付けでユネスコ無形文化遺産に登録されました。

登米秋まつり

地域の人たちが毎年手作りする豪華絢爛な山車が練り歩く
「登米秋まつり」は、登米地区の総鎮守登米神社の秋季例祭で、約340年以上続いています。登米伊達家の歴史と文化を継承した山車行事は、岩山と人形を基調とした飾り付けが施され、仙台藩時代の山車祭りの伝統や特徴をよく表現しており、宮城県無形民俗文化財に指定されています。
にぎやかなおはやしに乗り、山車や武者行列が練り歩くさまは、当時のにぎわいを思わせます。

四季折々に熱く燃えるさまざまな地域特有の祭り

日高見流浅部法印神楽

日高見流浅部法印神楽

日高見流浅部法印神楽は、岩手県藤沢町(現一関市)西口の「西口流神楽」と中田町(現登米市)上沼八幡山の「加茂流神楽」を合わせて明治5年に「日高見流」と称するようになりました。現在は県の無形民俗文化財に指定されています。

登米能

登米能

登米能は、明治維新によって藩の庇護を失いましたが、帰農した家臣たちにより150年余に渡って受け継がれてきました。

現在は「登米謡曲会」が登米秋まつりで「薪能」として演じています。

佐沼鹿踊伝承会

佐沼鹿踊伝承会

江戸時代初期から、佐沼城(鹿ヶ城)にその踊りを奉納していたという佐沼鹿踊。
鹿頭をかぶり、腹に太鼓、背にササラという長い竹を背負い演舞する勇壮な太鼓踊系の芸能です。
現在は、小学生の後継者育成にも力を注いでいます。

森風輝龍太鼓

森風輝龍太鼓は1995年に迫町森(現登米市)で結成。名称には森地区から新しい風を吹かせ、生き生きと輝くようにとの思いが込められています。市内イベントなどで幅広く活動しており、力強いばちさばきで多くの人を魅了します。

綱木之里大名行列

1564(永禄7)年始まったとされる「綱木之里大名行列」。ホラ貝を合図に、騎馬先陣、道中奉行、てんぐと獅子、稚児行列などが練り歩く一大歴史絵巻です。中でも3メートルを超える長さの毛槍を投げ渡す「お取替え」は必見です。

佐沼どんと祭・裸参り

佐沼どんと祭・裸参り

無病息災、五穀豊穣、商売繁盛を祈る「どんと祭」と「裸参り」。1978年、宮城県沖地震からの復興を願い始まった「裸参り」は、白鉢巻、白サラシを巻き白足袋、わらじの装束に身を包み、たいまつを持って参拝します。

その他の「笑顔きらきら登米の文化と歴史」を見る

サイト内検索

便利情報

ページの先頭へ