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教育資料館 国指定重要文化財建造物。 明治中期の小学校。素木造り・コの字型・外廊下で国の重要文化財は日本唯一です。 バルコニー・廊下欄干は洋風の和洋折衷で、昔のままの机・腰掛オルガンの教室はあなたを童心に引き戻します。 昭和30年代を再現した給食体験が好評で、ひげの校長先生が現れることも。 |
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水沢県庁記念館 市指定文化財建造物。 明治初期、現在の岩手県南部と宮城県北部で水沢県となり、そのとき(明治5年)県庁舎。 後に小学校校舎・裁判所としても使用され、現在、県庁時代の事務室・待合室・裁判所法廷に再現しています。 後の総理大臣・斉藤実、内務大臣・後藤新平が勤めました。 |
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春蘭亭 武家屋敷「春蘭亭」は、400年以上前の武家屋敷です。 春蘭亭の名は、この地に自生する春蘭の花を加工した「春蘭茶」を提供することから名付けられました。 囲灯裏を囲んだ喫茶コーナーを設け、春蘭茶・抹茶・アイスクリームコーヒー・季節の飲み物などが楽しめます。 |
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森舞台 藩政時代から伝わる「登米能」をはじめ「岡谷地南部神楽」など伝統芸能伝承のために建設されました。 竹林や楓などに囲まれ、薪能の原点にたち帰った舞台として注目されています。 かがりの火が竹林・杠葉・登場人物を浮び上がらせ、幽玄の世界をかもし出します。 |
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※土曜日、日曜日、祝祭日のみの開館となっております。(0220‐52‐5566) |
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登米懐古館 登米伊達家・寺池城の一角にある建物で、伊達氏に縁の鎧・刀・工芸品・絵・書などを展示しています。 懐古館東南には樹齢300年以上といわれる「双竜の松」が城址のシンボルとして横たわっています。 |
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玄昌石の館 特産の玄昌石の産出から製品に至るまでの過程を写真パネルなどで紹介しています。 「とよま玄昌石」は世界でも最高級で、東京駅などの屋根材となっています。 |
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覚乗寺高台院霊屋 寛文6年(1666)登米5代の伊達式部宗倫が再興。 宗倫は宗家より養子となって登米にきていること、覚乗寺を復興していることなどから、菩提寺の養雲寺に葬られず、覚乗寺に理葬されました。 本霊屋は天山廟とも称し、寛文12年(1672)に竣工しました。 |
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蔵の資料館 宮城県でも最古の歴史を誇る味噌・醤油の醸造元、海老喜が、明治41年まで清酒「君が代」を作っていた酒蔵を、資料館として公開しています。 もうひとつの蔵「エビキホール」では完全予約制(団体様専用)にて食事をすることもできます。 |
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アンティーク資料館 1894年(明治27年)に建てられた、伊新薬局の土蔵を利用した資料館。 伊藤家は江戸時代より続く商家で、蔵に眠っていた金看板、ポスターやのぼり、人形など薬と度量衡(はかり)に関する多数のコレクションを展示している。 |
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大野家歴史民族資料館 登米の大農家、大野家が収集した生活民具のコレクションを中心に5000点余りを公開。 板蔵では昔懐かしい農具を展示しています。 |
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町屋ミュージアム菅勘資料館 「廻船問屋菅野屋勘兵衛」の登米とともに歩んだ歴史と文化を今に伝える資料館です。 舟運で使った書類や滑車、江戸時代のひな人形といった珍しい品々が展示されています。 |
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鹿ヶ城公園にある博物館。幕藩体制時代の佐沼郷の武家と民衆の暮らしをテーマに展示。 仙台藩の財政を支えていた、買米制度と佐沼との関わりも解説。 佐沼は、当時江戸の3分の1をまかなった仙台米の重要な流通拠点として栄えた。 |
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観音堂壁画二十四孝物語 市指定文化財建造物。 大嶽山興福寺の観音堂外壁に刻まれている色鮮やかな彫り物は、中国の親孝行の物語で、親を大切にする心を育むために刻まれたものです。 |
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六角堂 市指定文化財建造物。 明治17年に建築され、六角形の青い屋根に二階建ての土蔵造りで仏堂に洋風の建築様式が加えられた斬新な建築物です。 |
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日本三大不動尊・国指定重要文化財。 弘法大師作と伝わる国指定重要文化財の木造不動明王坐像があります。 また、この一帯は南三陸金華山国定公園に指定されているほか、池に生息する天然記念物のウグイもみどころの一つです。 |
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柳津虚空蔵尊は日本三大虚空蔵尊のひとつ。 726年に行基が東国巡遊した際に、この地で刻んだと伝えられています。 奥州届指の霊山・霊場の祈願寺として、数多くの人々の信仰を集めています。 |
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この地方は多くのキリスト教信者が鉱山で働いていましたが、享保年間に伊達藩の役人がやって来て信者たちを捕らえ処刑しました。 遺体は老の沢、海無沢、朴の沢に葬られました。その際お経とともに埋葬されたため三経塚と呼ばれています。 現在では海無沢の塚だけが原形をとどめています。 |
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昭和29年に旧家からから発見された古文書によって、綱木の沢は多くのキリシタンが殉教した地であったことがわかり、献堂されたものです。 内部では宗門改帳やキリスト像などの遺物が公開されています。 |
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県指定文化財建造物。 華足寺は800年ころ、坂上田村麻呂によって建立されたと伝えられています。 山門は寛政11年(1799年)伊達9代藩主周宗公の祈願により造られました。屋根は数回修理されていますが、そのほかは建築当時の姿をとどめています。 屋根には魔除けの龍を配し、右に増長天、左に多聞天、2階に十二支の本尊八神像を安置しています。 奥州霊場三十三ヵ所第十五番札所としても有名です。 |
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伊達十三代藩主慶邦公が領内北部巡視時に利用した宿泊所を資料館として公開しています。 著名人の書画や骨董品などが展示されているほか、日本庭園には茶室や句碑があります。 つつじが咲くころがお勧めです。 |
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大化5年に修験道の行者が天下泰平と五穀豊穣を願って建立し、弘仁年間に弘法大師が奥州巡錫の祈り、当寺で弥勒尊の大法を修した寺と伝えられ、日本三弥勒の一つといわれています。 |
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県指定重要文化財。 室町時代後期、天文九年(1540年)に葛西氏の支館「月輪館」の東門として建築されたもので、県内では2番目に古い木造建築物です。 |
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仙台藩祖伊達政宗の実弟の小次郎の墓。 小次郎を後継者として支持し、陰謀を企てた母の身代わりとなって13歳の時に政宗に手打ちにされました。 |
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米山町中津山城内出身の力士。 身長6尺5寸(約197cm)。体重43貫(166kg)、手形は長さ8寸(約24.2cm)あったと伝えられています。 道の駅米山にはシンボルとして大きな銅像があります。 |
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東陽寺は伊達家譜代の重臣であった原田甲斐の菩提寺です。 山本周五郎の小説「樅の木は残った」で有名な仙台藩の伊達騒動の際、その中心人物の一人であった原田甲斐は、当時逆臣として死んだ為密かに葬られ、その事実も伏せられていました。 銀杏の木は密葬された時の目印に植えられたと言われています。 |
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平安時代の中ころ、源義家が安倍貞任、宗任追討のためにこの山に屯営。安倍氏を制圧して凱旋にあたり、この地に1社を建立したのが神社の起こり。境内にはその時に植えられたと伝えられる姥杉があります。 |
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