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トップ > ふるさとライブラリー > 広報ミニ展示室 > 登米市の偉人伝③ 半田卯内(うない)

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登米市の偉人伝③ 半田卯内(うない)

半田卯内は迫町佐沼の出身。
明治8年にハリストス正教(ロシア正教)の洗礼を受け、その仲間らと佐沼広通社を興すなど、先駆的な活動を行っていました。
明治41年に、第10代登米郡長に就任。
大正11年まで務めました。
郡長時代に行った中田沼開墾は、たびたび洪水に見舞われたにもかかわらず、「郡治百年の大計」だとして完成させ、そこから得た利益の一部は仙北鐵道敷設にも使われました。
さらには、高石排水事業、旧制佐沼中学校(現佐沼高等学校)寄宿舎建設、登米郡史の発刊など地域の発展に尽力。
現在は鹿ヶ城跡に有志らによって再建された、北村西望作の胸像と偉業を称える石碑が残されています。

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