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トップ > ふるさとライブラリー > 登米の昔話 > 羽黒神社と田村麻呂将軍

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羽黒神社と田村麻呂将軍

原文

むかしむかし、坂上田村麻呂将軍が朝廷の命を受けて、大岳丸を征伐するため、桜岡の畑崎と言う所に兵隊を集めたんだと。そして兵隊達を休ませると、ともにゆっくり敵の様子を探りながら作戦を立てようと思っていたんだと。いろいろと地形や道路などを村の人々に聞いたり、しらべたりしたんだと。何しろ田畑や山のほか低い所は沼や川になっていて、あとは湿地や萱野地で一度この中に入ったら、西も東もわからなくなってしまうという所だったんだと。
村人達も大岳丸を征伐してくれる兵隊達に食べ物など沢山差入れしたんだと。
そのかいがあって兵隊達も、やがて行軍の疲れもとれ士気が大いに上がったんだと。
そして桜岡地方に古くから羽黒大権現という森があったので、田村麻呂将軍は鎮守の神に兵隊達と一緒に戦勝の祈願をし、士気を高めて、大岳丸の征伐に向かおうと思ったんだと。次の日兵隊達を鎮守の森に集め自分は水ごりをして身を清め、兵隊達と一緒になって、武運長久と戦勝祈願をしたところが、神のご守護なのか不思議にも一頭の大きな白い狐が将軍の前に姿を現わしたんだと。
そして「コンコーン」と高く鳴いて、来い来いをするように、頭をふり向き大岳の方角に走り出したんだと。
田村麻呂将軍は兵隊達に向かって、大声で「羽黒大権現が我々に道案内として白狐をおつかわしになったぞ、この機をのがさず攻め登れ」と、真先に立って白狐の後について走って行ったんだと。丁度その時、境内のまわりに沢山生い繁っている杉の大木に、何時集ったかわからないが、数百羽の烏が一斉に飛び立ち、白狐の上を大岳の方向に飛んで行くのだったと。
田村麻呂将軍も兵隊達も、これはきっと羽黒大権現のご守護によるものだと、大いにふるい立ち旗さしものを押し立てゝ一斉にときの声をはり上げ、大岳に押し寄せたんだと。
この勢いで奮闘したものだから、さしもの大岳丸や、それにしたがう賊共はことごとく退治されてしまったんだと。桜岡地方の人達は今さらながら羽黒神社のご利益に感銘し、そのことがあってから毎年かかさず祭例や奉納の行事を行なっているんだと。そしてこの地方に狐崎とか、旗差物を沢山使ったところから畑崎とか、烏が沢山飛び立ったというので唐崎とか今でもそのような地名が残っているんだとしゃ。


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【mp3ファイル/再生時間:3分14秒】

標準語

むかしむかし、坂上田村麻呂将軍が朝廷の命令を受けて、大岳丸を征伐するため、桜岡の畑崎と言う所に兵隊を集めたそうだ。そして兵隊達を休ませると、ともにゆっくり敵の様子を探りながら作戦を立てようと思っていたそうだ。いろいろと地形や道路などを村の人々に聞いたり、調べたりしたそうだ。何しろ田畑や山のほか低い所は沼や川になっていて、あとは湿地や萱野地で一度この中に入ったら、西も東もわからなくなってしまうという所だったそうだ。
村人達も大岳丸を征伐してくれる兵隊達に食べ物などを沢山差入れしたそうだ。
そのかいがあって兵隊達も、やがて行軍の疲れもとれ士気が大いに上がったそうだ。
そして桜岡地方に古くから羽黒大権現という森があったので、田村麻呂将軍は鎮守の神に兵隊達と一緒に戦勝の祈願をし、士気を高めて、大岳丸の征伐に向かおうと思ったそうだ。次の日兵隊達を鎮守の森に集め自分は水ごりをして身を清め、兵隊達と一緒になって、武運長久と戦勝祈願をしたところ、神のご守護なのか不思議にも一頭の大きな白い狐が将軍の前に姿を現わしたそうだ。
そして「コンコーン」と高く鳴いて、「来い、来い」というように、頭をふり向き大岳の方角に走り出したそうだ。
田村麻呂将軍は兵隊達に向かって、大声で「羽黒大権現が我々に道案内として白狐をおつかわしになったぞ、この機を逃さず攻め登れ」と、真っ先に立って白狐の後について走って行ったそうだ。丁度その時、境内のまわりに沢山生い繁っている杉の大木に、いつ集まったかわからないが、数百羽の烏が一斉に飛び立ち、白狐の上を大岳の方向に飛んで行くのだった。
田村麻呂将軍も兵隊達も、これはきっと羽黒大権現のご守護によるものだと、大いにふるい立ち旗さしものを押し立てて一斉にときの声をはり上げ、大岳に押し寄せたそうだ。
この勢いで奮闘したものだから、さしもの大岳丸や、それにしたがう賊共はことごとく退治されてしまったそうだ。桜岡地方の人達は今さらながら羽黒神社のご利益に感銘し、そのことがあってから毎年かかさず祭例や奉納の行事を行なっているそうだ。そしてこの地方に狐崎とか、旗差物を沢山使ったところから畑崎とか、烏が沢山飛び立ったというので唐崎とか今でもそのような地名が残っているんだそうな。

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